
(中城城跡共同管理協議会)
グスクを観る上でのポイントは、そのグスクの歴史を知ることが一番の近道です。グスク築城の背景は、沖縄が琉球王国として国家統一される1429年までの約百年間に建築されたものです。中国の三国志のような群雄割拠の覇権争いが続き、当時の豪族はグスクと呼ばれる城・砦を築き本拠としました。グスクの世界遺産の多くは当時の城跡です。
グスクは天守閣のある本土の城とは違い、豪族の居城であり、祈りの場(聖域)でもあったことが特徴です。中城跡は保存状態がたいへん良いためグスクを知るおすすめの世界遺産です。中城城主であった護佐丸(ごさまる)は、琉球戦国史の中で最も有名な戦国武将として知られています。
琉球王国の第6代国王 中山王尚泰久(しょうたいきゅう)は、琉球王府をおびやかしはじめた阿麻和利(あまわり)にそなえるため、護佐丸に中城城の兵力を増強して、常に阿麻和利の攻撃に備えるよう指示しました。
ところがある日、阿麻和利は変装して首里城にのぼり、護佐丸が謀反をくわだてているとざん言します。王府は阿麻和利の言を信じ、中城城攻略を阿麻和利に命じます。 8月15日の夜、護佐丸が月見の宴の最中に阿麻和利は王府の旗を揚げて中城城を攻撃します。王府への忠誠心にあつい護佐丸は手向かう事できず、ひとり幼児だった三男の盛親を乳母に託して落ちのびさせ、妻子もろとも自決したといいます。そして、その阿麻和利もその後には結局、王府軍に攻められて滅びてしまい ました。
この乱は、後に組踊りなどの題材にも取り上げられ、平成7年に開催された第一回中城城まつりにおいて、中城村の伝統芸能である組踊「護佐丸」が52年ぶりに上演されました。 (中城役場 編集より)
ここからは推測の域をでませんが、時代背景として、琉球国王の尚泰久は、阿麻和利と重臣であるはずの護佐丸の軍事力があまりに強大化したことが、これからの王権維持の足枷になっていくと考え、二人の自滅を策略したと考える方も多いようです。
時は、1458年8月15日、王府軍の旗を掲げた阿麻和利軍は護佐丸の中城城を包囲しました。これを見た護佐丸は王府軍に抵抗することなく中城城にて家族と自害しました。護佐丸・阿麻和利の乱の後、琉球王府は安定し乱世は終わったと伝えられています。
琉球王国の歴史の重要な舞台にもなった中城城は、北中城村から中城村にわたる標高167mの高台に6つの城郭からなるグスクです。自然の地形を活かした城壁に囲まれ、その築城技術は高いものでした。護佐丸の亡き後、中城の領地が王の直轄領となっていました。中城城は王子の居城として使われていた可能性も高いと伝えられています。
青い海と澄み渡る空のした、古えの琉球王国志に思い馳せることも沖縄を知る楽しみです。
中城公園(中城城跡)
■所在地沖縄県中頭郡北中城村字大城503番地 TEL098-935-5719
■観覧時間 ・午前8時〜午後17時(6月〜9月:午前8時〜午後18時)
■観覧料 ・大人:300円(団体200円) ・中、高校生:200円(団体100円) ・小学生:100円(団体50円)
■アクセス ・那覇空港から一般道で約1時間。沖縄自動車道(北中城IC下車)で約40分